R-1,3-ブタンジオール(R-1,3-butanediol)の健康作用

● 絶食すると体脂肪が燃焼する

普通の体格の人では、絶食しても水だけ飲めれば1〜2ヶ月くらいは生きていけます。長期間の絶食(断食)で水だけの摂取ではビタミンやミネラルが不足して健康障害がでてきますが、ビタミンやミネラルをサプリメントなどで補充すれば、健康障害を起こすことなく1ヶ月以上は普通に暮らしていけます。
その理由は、体脂肪に1ヶ月分以上のエネルギーが蓄えられているからです。体重に占める体脂肪の比率は、平均的な体格の人で、男性は10〜20%程度、女性は20〜30%程度です。 体重60kgの人で体脂肪率が20%とすると、12kgの脂肪が貯蔵されています。1gの脂肪は約9キロカロリーのエネルギーを産生するので、12kgで約10万キロカロリーのエネルギーになります。普通に生活して消費するエネルギー量は2000キロカロリー程度なので、約50日分のエネルギー量に相当する計算です。

動物の場合、食事からの余ったカロリーはグリコーゲンと脂肪に合成されて貯蔵されます。 グリコーゲンはブドウ糖(グルコース)が多数結合したもので、主に肝臓や筋肉に貯蔵されています。平均的な成人のグリコーゲンの貯蔵量は、肝臓にせいぜい100g程度、筋肉には400g以下しかありません。 グリコーゲンはブドウ糖に分解されてエネルギー産生に使われますが、グリコーゲンもブドウ糖も1gのエネルギーは約4キロカロリーなので、グリコーゲン貯蔵量を最大に見積もって500gとしても2000キロカロリー程度、すなわち1日程度で枯渇してしまいます。通常のグリコーゲンの貯蔵量は200〜300g程度なので、数時間から半日程度で枯渇します。これが、半日くらい食べないと空腹になってエネルギーが出なくなる理由です。

体脂肪は、前述のように1ヶ月から2ヶ月分のエネルギーを蓄えることができます。 グリコーゲンは、動物の体内でエネルギーを一時的に保存しておくための物質で、脂肪に比べると利用しやすいかわりに、すぐに枯渇する欠点を持っています。 一方、脂肪は体積当たりのエネルギー量が糖質より大きく、長期的なエネルギーの保存に適した物質と言えます。この体脂肪に蓄えたエネルギー源によって、人間は水だけで1ヶ月以上の生存と活動が可能になっています。

図:体重60kgの標準的な体格の人では、肝臓と筋肉に貯蔵されているグリコーゲンの量は500g以下で、2000キロカロリー(kCal)程度のエネルギー量に相当し、絶食すれば1日程度で枯渇する。一方、体脂肪率が20%で約10kgの脂肪が貯蔵されており、エネルギー量は10万キロカロリー(kCal)程度になり、これは1〜2ヶ月分のエネルギー量に相当する。

 

● グルコースが枯渇した状況で脂肪が燃焼するとケトン体が産生される


細胞に必要なエネルギー(ATP)は、グルコース(ブドウ糖)が解糖系でピルビン酸に分解され、ピルビン酸がミトコンドリアでアセチルCoAを経てTCA回路(クエン酸回路)で代謝され、さらに酸化的リン酸化によって産生されます。


一方、脂肪酸からエネルギーを産生する場合は、脂肪酸が分解されてアセチルCoAになり、このアセチルCoAがミトコンドリアで代謝されてATPを作り出します。



  脂肪酸の酸化で作られるアセチルCoAの多くはTCA回路(クエン酸回路)に入りますが、絶食時などグルコースの供給が少ない状況ではアセチルCoAをTCA回路で代謝する時に必要なオキサロ酢酸が不足するためTCA回路が十分に回りませんそのためTCA回路で処理できなかった過剰のアセチルCoAは肝臓でケトン体の合成に回されます。  
肝細胞では、脂肪酸が分解されてできたアセチルCoAからアセト酢酸が生成され、これは脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβ-ヒドロキシ酪酸へと変換されます。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言います(下図)。

図:グルコース(ブドウ糖)の供給が少ない状況(飢餓時)では、肝臓では脂肪酸の燃焼(β酸化)で産生されたアセチルCoAからアセト酢酸の合成が亢進する。アセト酢酸は脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換される。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言う。アセトンは呼気に排出され、アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は血液を介して他の組織や細胞に運ばれて、アセチルCoAに変換されてTCA回路でATP産生に使用される。

ケトン体は肝臓(ケトン体を利用する酵素が無い)と赤血球(ミトコンドリアが無い)以外の細胞でエネルギー源として利用されます
脂肪酸と違ってケトン体は水溶性であるため、特別な運搬タンパク質の助けがなくても肝臓からその他の臓器(心臓や筋肉や腎臓や脳など)に効率よく運ばれ、細胞内でケトン体は再びアセチル-CoAに戻され、TCA回路で代謝されてエネルギー源となります。 この際、エネルギー産生に使われるのはアセト酢酸のみで、β-ヒドロキシ酪酸はアセト酢酸に変換されて初めてエネルギー代謝に使用され、アセトンはエネルギー源にはならず呼気から排出されます。

● ケトン体は絶食時の脳のエネルギー源となる

人間の場合、脳の重量は体全体の2%しかありませんが、脳が使用するエネルギーは体全体のエネルギー量の20%前後です。体の全心拍出量の15%は脳に行きます。神経細胞はエネルギー源としてグルコースを使います。 脳は脂肪酸をエネルギー源として使用できないようになっています。脂肪酸をエネルギー源にすると低酸素や酸化傷害のリスクが高くなるからです。

健常な成人の脳では、脳組織100g当たり1分間に6〜7mgのグルコースが消費されています。これは1日に120〜130gに相当します。(成人の脳重量は1300〜1400g、1日は1440分なので、6mg x 14 x 1440 =約120g)
1日のカロリーを2000キロカロリーとして60%を糖質から摂取すると1200キロカロリーでこれは約300グラムの糖質になります。つまり、通常では、摂取したグルコースの40〜50%を脳が消費していることになります
したがって、飢餓などで食事からグルコース摂取が無くなると、脳のエネルギー源が不足します。 体内では肝臓と腎臓でグルコースが産生されます。これを糖新生といい、乳酸やグリセロールやアミノ酸などからグルコースを作ります。
長期間の絶食時には、肝臓で60%、腎臓で40%の比率で糖新生が行われます。ただし、糖新生で産生されるグルコースの量は1日に80グラム程度です。  1日の糖新生の量は、乳酸やピルビン酸から35-40g、脂肪由来のグリセロールから20g、たんぱく質由来のアミノ酸(主にアラニン)から15-20g、ケトン体から10−11gと報告されています。(Annu. Rev. Nutr. 2006. 26:1-22)  
つまり、糖新生で産生されるグルコースだけでは、脳が必要とする1日120〜130gのグルコースは供給できないのです。  そこで、肝臓でケトン体が産生されることになります。1日に100から150グラム程度のケトン体が産生できるので、グルコースに代わる脳のエネルギー源となります

前述のように人間の脳は毎日 120 グラム程度のブドウ糖を消費します。1.75 グラムの筋肉タンパク質を分解して 1 グラムのブドウ糖を生成できます。これは、他の適応(ケトン体生成)が行われなければ、飢餓状態でブドウ糖を奪われた脳に栄養を与えるために、筋肉が急速に萎縮します 。筋肉の萎縮を減らし、脳に燃料を供給し、飢餓での急速な死を和らげるために、β-ヒドロキシt酪酸とアセト酢酸が、ケトジェネシスと呼ばれるプロセスで豊富な脂肪貯蔵から生成されます。

ケトン体は水溶性で細胞膜や血液脳関門を容易に通過し、骨格筋や心臓や腎臓や脳など多くの臓器に運ばれ、これらの細胞のミトコンドリアで代謝されてブドウ糖に代わるエネルギー源として利用されます。特に脳にとってはグルコースが枯渇したときの唯一のエネルギー源となります。
血中のケトン体濃度が上昇するに比例して、脳のエネルギー産生におけるケトン体の依存度は増えます。たとえば、2~3日間の絶食で達する1.5mMのケトン体濃度では、脳のエネルギー産生の18%がケトン体に依存します。8日間の絶食で達する5mMでは脳が消費するエネルギーの60%がケトン体由来になります。20日間以上の絶食で達せられる7mMでは、60%以上がケトン体由来になります(下表)。

表:血中ケトン体濃度による、脳のエネルギー産生におけるケトン体依存の割合。(出典:J. Lipid Res. 2014. 55: 1818-1826)

 

● ケトン体は脳を守る働きがある

ケトン体の産生は、飢餓を生き延びるために進化の過程で獲得した代謝系です。発達して大きくなった脳を守るために、特に人類で発達した代謝系と言えます。  
人類は二足歩行を開始し、両手を使い、脳が発達し脳の体積は大きくなります。二足歩行は骨盤を狭くし、脳が大きくなると、出産のときに産道を通過するのに時間がかかります。その結果、動物の中で人類が最も出産時に脳の低酸素や低血糖で脳障害を起こしやすくなっています。  
人間の胎児は他の動物に比べて太っている(体脂肪が多い)のは、出産時や出産後の脳へのケトン体の供給を増やして脳がエネルギー不足にならないように適応するためだという意見があります。  新生児では、脳は全エネルギー必要量の最大 70% を消費します。そのエネルギーのほぼ半分は、出生後にグルコースレベルが急激に低下し、β-ヒドロキシ酪酸レベルが自然に 2 ~ 3 mM に上昇するため、β-ヒドロキシ酪酸から得られます。
ヒトの母乳にはケト原性脂肪である中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCTオイル)が多く含まれているため、通常、乳児は授乳期を通して軽度のケトーシス状態のままです

動物の中で絶食時にケトン体の生成が最も増えるのが人間です。熊は冬眠している間は絶食状態で体脂肪が燃焼していますが、4〜5ヶ月絶食している間もケトン体は0.5mM以上に増えないと報告されています。猿も人間ほどケトン体は上昇しません。イルカはどんな状況でもケトン体は増えません。  

人間は体が使うエネルギーの20%くらいを脳が使っています。他の動物は5%以下です。 絶食したときに、脳が小さい動物はケトン体を作らなくでも肝臓や腎臓の糖新生だけで脳のエネルギーを十分に賄えるからです。
 しかし、脳が大きく進化した人間の場合は、糖新生だけでは脳のエネルギーを満たせない状態になったので、ケトン体を懸命に作るように進化したと考えられています。  

脂肪酸を燃焼すると神経細胞がダメージを受けやすくなるので、肝臓や腎臓や脳のアストロサイト(星細胞)で脂肪酸を分解させてできたケトン体を神経細胞に運ぶという代謝系を作り出したと言えます。つまり、ケトン体の産生は人類の進化に必要な代謝系と言えます

小児や新生児はケトン体産生能が高いことが知られています。成人が絶食してβヒドロキシ酪酸の血中濃度が3mMになるのに2〜3日間かかります。一方、新生児や乳幼児は4〜8時間の絶食で2〜3mMに達します。6歳の子供では24時間の絶食で4mMに達すると報告されています。(下図)

図:絶食後のβヒドロキシ酪酸の血中濃度(mM)。新生児や乳幼児や小児は数時間でケトン体の濃度は顕著に上昇する。体全体に対して脳が消費するエネルギー比率が高いほどケトン体は産生されやすい。(出典:Annu. Rev. Nutr. 2006, 26: 1-22)。

これは、新生児や乳幼児や小児は成人に比べて、体に対する脳の重量比が大きく、エネルギー消費率も高いので、絶食によってグルコースが減少すると脳のダメージを受けやすいので、ケトン体を合成する能力が高くなっているためと思われます

 妊婦もケトン体産生量が高いことが知られています。妊婦は胎児が存在する分のグルコース消費が高いので、ケトン体の産生も高める必要があるからです。  
絶食で体内に増えるケトン体が有毒であるのであれば、狩猟採取で食糧を得ていた氷河時代の人類が生き延びることはできなかったはずです。ケトン体はエネルギー消費量が大きくなった脳を飢餓時に守るために作られるようになったのです。  神経組織はグルコースよりケトン体を好んで使います。最近は、アルツハイマー病など神経変性疾患で、中鎖脂肪酸(MCTオイル)を積極的に摂取したり、ケトン体のサプリメントを補充する治療が注目されています。

● 血液中にケトン体が増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言う


通常は血中のブドウ糖濃度は4~5 mmol/L(mM)程度に対して、ケトン体の血中濃度は0.3mmol/L(mM)以下と極めて低値です。しかし、絶食すると数日で増え始め、10日くらいするとブドウ糖濃度を超え、脳の神経細胞もケトン体が主なエネルギー源になります
絶食して2~3日後にはケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸は血中濃度が1~2mM(mmol/L)程度に増え、7~10日後にはβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度は4~5mMくらいまで増えます。20日間以上の絶食では6~7mMくらいに増えます。(下図参照)

図:肥満者に40日間の絶食を行った場合のβ-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、グルコース、遊離脂肪酸の血中濃度の推移。絶食で起こる生理的ケトーシスではケトン体(β-ヒドロキシ酪酸+アセト酢酸)の血中濃度は6~8mM(mmol/L)程度を上限にしてそれ以上は増えないので酸性血症(アシドーシス)にはならない。(出典:N Eng J Med. 282: 668-675, 1970年)。

アセト酢酸を含めた総ケトン体量としては7~8mM程度まで上昇します。しかし、肝臓での産生能に限界があるのと、他の組織でエネルギー源として使用されるため、無制限には上昇しません。 長期の絶食でも通常はケトン体濃度は6~8mM程度であり、この濃度であれば酸性血症(アシドーシス)にはなりません。

絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。
一般に、血液中のβヒドロキシ酪酸の濃度が0.5 mM以上に増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います

● 内因性ケトーシスと外因性ケトーシス


ケトーシスには内因性ケトーシス外因性ケトーシスがあります。 内因性ケトーシスは飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)、糖質摂取が少ない状況での激しい運動の後に発生します。これらの状態では、ブドウ糖(グルコース)の利用可能性は制限され、体脂肪が燃焼することによってケトン体が産生され、ケトン体を脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供します。人間は、長期間の断食中に毎日約 150 g のケトン体を生成することができます。

図:飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)などの状態では、グルコースの利用が制限され、体脂肪(脂肪酸)が燃焼することによって肝臓でケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)が産生される。ケトン体は血中に移行し、脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供される。このように体脂肪の燃焼が亢進してケトン体が増えた状態を内因性ケトーシスと言う。。

外因性ケトーシスは、ケトン体またはケトン体前駆物質を含む化合物を摂取した結果、血中ケトン体濃度が上昇した状態です。糖質制限は必要とせずに血中ケトン体濃度を高めることができます。
内因性ケトーシスの場合は、糖質摂取を減らし、インスリン分泌が低下し、体脂肪の燃焼が亢進する必要があります。一方、外因性ケトーシスでは、糖質制限は必要なく、血糖上昇やインスリン分泌が存在してもケトン体が増えた状態です
がん治療の場合は、血糖上昇とインスリン分泌亢進はがん細胞の増殖を促進する要因になるので、外因性ケトーシスだけでは効果が期待できません。糖質制限が重要です。しかし、内因性ケトーシスと外来性ケトーシスを同時に実行すると、ケトン体濃度を高め、抗腫瘍効果を増強できます。
アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療の場合は、外因性ケトーシスだけで効果が期待できます。脳神経にグルコース(ブドウ糖)に加えて、さらにケトン体というエネルギー源を与えることになるためです。 脳神経は、ブドウ糖よりケトン体を好んで利用します。グルコース摂取に加えて、ケトンサプリメントを摂取して外因性のケトン体を増やすと、神経細胞へのエネルギー供給が増えます

● 外因性ケトンには複数の種類がある


外因性供給源を使用して血中ケトン濃度を上昇させることは、人間の健康に複数の潜在的な用途があると報告されています。 外因性ケトンの例には、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)ケトン塩ケトンエステルR-1,3-ブタンジオールが含まれます。これらはケトン食の代替として、食事制限なしで軽度のケトーシスを達成できます。 中鎖脂肪酸には単素数8のカプリル酸、炭素数10のカプリン酸、炭素数12のラウリン酸の3種類があります。(下図)

中鎖トリグリセリド(MCTオイル) の主なケトジェニック成分はカプリル酸 (C8) で、カプリン酸 (C10)ラウリン酸 (C12)が続きます。 C8のケトジェニック効果 (総ケトン濃度) は、C10 と C12 の効果のそれぞれ 3 倍と 6 倍です
中鎖脂肪酸は肝細胞内のミトコンドリアに入り、炭素分子が1つおきに酸化されるβ酸化という過程に入ってアセチルCoA を生じてTCA 回路に入って代謝されます。 炭素数の少ない中鎖脂肪酸ほどミトコンドリの膜を容易に通過できるので、炭素数8のカプリル酸がカプリン酸(炭素数10)やラウリン酸(炭素数12)よりもケトン体生成能力が高いのです。 炭素鎖長が 8 以下の脂肪酸のみが、カルニチン パルミトイル トランスフェラーゼ I とは無関係にミトコンドリアの内膜を通過できます。 これが、C8がC10やC12よりもケトジェニック効果が強い理由です。

通常のMCTオイルは「カプリル酸(炭素数8):カプリン酸(炭素数10)=6:4」で構成されていることが多いです。ココナッツオイルは中鎖脂肪酸を約60%含みますが、その組成はC8(10%以下)、C10(5〜6%)、C12(41〜42%)です。残りは長鎖飽和脂肪酸です。つまり、ココナッツオイルを多く摂取しても、ケトン体産生をわずかしか増やしません。ココナッツオイルを30g摂取してもβヒドロキシ酪酸はほとんど上昇しないという報告されています。
カプリル酸(炭素数8)が最もケトン体産生能が高く、カプリル酸が100%のMCTオイルも販売されています
例えば、12時間以上空腹にした状態、あるいは糖質を含まない食事の後で、20gから30gのMCTオイルを摂取するとβ-ヒドロキシ酪酸の濃度を1mMから1.5mM程度に数時間高めることができます
糖質を摂取するとβ-ヒドロキシ酪酸の濃度上昇は低下します。グルコース摂取量が多いとピルビン酸からオキサロ酢酸が多くできるので、アセチルCoAのTCA回路での代謝が増えるためです。
何回か同じ実験を行った結果、MCTオイルを20g摂取後3時間くらいでβ-ヒドロキシ酪酸の濃度は1.0mM程度に上昇しますMCTオイルを30g摂取すると1.5mM程度まで上昇します。 この実験条件ではMCTオイル服用して3時間から4時間後をピークにして、その血中濃度は1.5mM程度まで上昇します。5時間後以降は次第に低下して10時間後にはほぼベースに戻ります。(下図)

図:MCTオイルを30g摂取するとβヒドロキシ酪酸の血中濃度は3時間から4時間後をピーク(1.5mM程度まで上昇)にして。5時間後以降は次第に低下して10時間後にはほぼベースに戻る。

MCTオイルの場合は、小腸でリパーゼで脂肪酸とグリセロールに分解されて、門脈から肝臓に吸収され、肝臓で分解されてβヒドロキシ酪酸が産生されて血中に移行するので、血中濃度がピークになるのに3〜4時間程度かかります。
1回に30gは多くの人にとって、腹痛や下痢などの胃腸症状を引き起こします。消化器症状の副作用が起こる摂取量は個人差がありますのが、腹痛や下痢などの副作用を起こさない量を摂取することになります

ケトン塩というのはβヒドロキシ酪酸のミネラル塩(ナトリウム、カリウム、カルシウム塩)です。βヒドロキシ酪酸のカルシウム/ナトリウム塩を製品化したものや、βヒドロキシ酪酸のナトリウム/カリウム塩を製品化したものなどがあります。
カルシウム/ナトリウム塩やナトリウム/カリウム塩はナトリウムなどの摂取量が増えるのでβヒドロキシ酪酸の摂取量は10〜30グラムが限界です。一度に多く摂取すると、塩類による下痢が起こります。しかし、尿がアルカリになるので、βヒドロキシ酪酸の尿中排泄量が増えて酸性になる尿を中和してくれるメリットはあります。  ケトン塩を摂取すると、糖質制限やケトン食を実行しなくても血中のβヒドロキシ酪酸濃度を高めることができます

図:ケトン・サプリメントのKetoCaNaを20g(βヒドロキシ酪酸として約12g)摂取 すると、βヒドロキシ酪酸の血中濃度は、1~2時間後をピークに1mM(mmol/L)前後に上昇する。

 

ケトンエステルはβ-ヒドロキシ酪酸に1,3-ブタンジオールなどがエステル結合したものです。 エステル結合とは酸と水酸基の脱水縮合によって形成される共有結合です。 狭義ではカルボン酸とアルコールによって形成された結合を意味します。消化管などでエステル結合が分解されてフリーのβ-ヒドロキシ酪酸ができます。1,3-ブタンジオールも肝臓で代謝されてβ-ヒドロキシ酪酸になります。  

ケトンエステルは特許によって製造・販売が制限されており、日本ではまだ普及していませんが、米国などでは運動パフォーマンスを高めるサプリメントなどとして販売されています。β-ヒドロキシ酪酸濃度を高めるので、認知症など神経変性疾患やがんの治療などにも利用されています。ただ、まだ価格が高いようです。

ケトンエステルの合成に使われるR-1,3-ブタンジオールは物質特許が無いので、比較的安価に利用できます。ただ、R体とS体のラセミ体だと生理活性のあるD体のβ-ヒドロキシ酪酸は半分しかできません。

図:1,3-ブタンジオール(1,3-butanediol)にはR体とS体がある。R体は肝臓でβヒドロキシ酪酸に変換される。

ケトン食または外因性ケトンのいずれかによって血中ケトン体レベルが上昇すると、脳は優先的にケトンを利用します。脳のケトン代謝は、広い濃度範囲で血漿ケトンレベルに正比例します。脳のケトン代謝の増加は、軽度認知障害やアルツハイマー病の脳全体のエネルギー供給を増加させる可能性があります。 実際に、MCTオイルやケトンエステルは認知症の治療に使用され、その有効性が認められています
ケトン体には抗老化作用や寿命延長作用が知られています。外因性ケトンのサプリメントは今後需要が増えると思われます 。

図:内因性ケトーシスの場合は、グルコースが枯渇した状態で体脂肪が燃焼してケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸)が産生される。βヒドロキシ酪酸自体、βヒドロキシ酪酸のミネラル塩(Na, K, Ca塩)、ケトン体とR-1,3-ブタンジオールなどがエステル結合したケトンエステル、R-1,3-ブタンジオール自体はケトン体を直接増やす。中鎖トリグリセリド(MCTオイル)はβ酸化でアセチルCoAの産生を増やしてケトン体産生を亢進する。これらのケトンサプリメントを使ってケトン体が増えた状態を外因性ケトーシスと言う。

 

● ケトン体の健康作用が注目されている


ケトン体は19世紀中頃に糖尿病性ケトアシドーシスの患者の尿に大量に含まれることから最初に見つかったので、「ケトン体は脂質の不完全な酸化によって生成される毒性のある不必要な代謝産物である」とこの時代の医師の多くが認識していました。
しかし、20世紀のはじめになると、「ケトン体は、飢餓時や食事からの糖質や糖原性アミノ酸の供給が不足したときに、肝臓で脂肪酸から産生される正常な代謝産物で、肝臓以外の組織で容易にエネルギー源として利用される」ことが明らかになりました。
さらに、1920年代にはケトン体の産生を増やすケトン食が、小児の薬剤抵抗性てんかんの治療に極めて有効であることが明らかになりました。
1967年には、長期間の絶食や飢餓時に脳のエネルギー源としてグルコースに代わってケトン体が使用されることが明らかになりました。それまでは脳のエネルギー源はグルコースのみと考えられていたのです。現在では、脳はグルコースよりケトン体を好んで使用することが明らかになっています

1990年代に入ると、食事によってケトン体の産生を高めるケトン食が、グルコースの利用障害のある神経疾患の治療に有効であることが明らかになります。 さらに、パーキンソン病やアルツハイマー病などの脳では、ミトコンドリアの機能異常によって、エネルギー産生が低下していることが多くの研究で明らかになっています

ケトン体の寿命延長作用や抗老化作用、抗がん作用、認知症改善作用などの多彩な健康作用を示すことが示され、糖尿病やメタボリック症候群の治療にも有効であることが示されています。 ケトン体を目の敵にしていた糖尿病専門医も、最近ではケトン食が糖尿病治療に有効であることを認めてきています。

ケトン食はダイエット(減量)にも著効を示すことが臨床試験で証明されています。食事からの糖質摂取を減らし、健康に良い脂肪の摂取を増やして脂肪代謝を促進し、ケトン体の産生を増やすことは、健康を高め病気を予防する方法として注目されています。

アンデルセン童話に「みにくいアヒルの子」という話があります。 容姿が異なるために兄弟からいじめられていた「みにくいアヒルの子」は、本当は白鳥の子供で、大人になって美しい白鳥になったという童話です。 ケトン体を「Metabolism’s Ugly Duckling(代謝の醜いアヒルの子)」と表現した論文もあります。「実際は美しい白鳥だった」という意味が込められています。

図:ケトン体(βヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトン)は代謝における「Ugly Duckling(醜いアヒルの子)」と言われ、医学の領域では悪者として長い間認識されていたが、最近の研究でケトン体は「有益な生理作用を示す代謝産物」であることが明らかになり、「実際は美しい白鳥」であることが明らかになった。。

 

R-1,3-ブタンジオールのサプリメントとしての利用

R-1,3-ブタンジオールは透明で粘稠な液体で、水に溶け、わずかに甘い味がします。 溶媒、湿潤剤(水分の保持を助けるため)、および他のさまざまな化学物質の製造における化学中間体として一般的に使用されています。 また、ポリエステルやポリウレタンなど、特定の種類のプラスチックの製造にも使用されます。

R-1,3-ブタンジオールは全くの無毒です
1,3-ブタンジオールをラットに 43 日間、炭水化物 の代替として自由に与えた場合(1 日カロリーの 23.4% で高脂肪食に追加された) 、1,3-ブタンジオールは容易に代謝されることが示されました。
成長期の若いラット、ニワトリ、ブタに、段階的なレベルの 1,3-ブタンジオール を含む飼料を与えました。エネルギーの最大 20% を 1,3-ブタンジオール に置き換えても、これらの種の体重増加や食物効率には影響しませんでした。

米国では1950年代から、長期にわたる有人宇宙旅行のための栄養密度の高い食品の開発が行われました。スクリーニングされた多くの既知の化合物の中で、1,3-ブタンジオールが最も有望でした。1,3-ブタンジオールは、ラットの食事で 20% を超えないレベルで与えられた場合、1g当たり約 6 kcal を供給します。1g当たりのカロリーはグルコースが4kcal、脂肪が9 kcalです。
1,3-ブタンジオールは肝臓でβヒドロキシ酪酸に変換され、最終的に (末梢組織レベルで) アセト酢酸 に変換されエネルギー源として利用されます。R-1,3-ブタンジオールを10g摂取すると、糖質制限やケトン食を実践しなくてもβヒドロキシ酪酸の血中濃度を1mM程度まで数時間高めることができます。

米国では既に、R-1,3-ブタンジオールのサプリメントが販売されています
苦味がありますが、10倍以上に水などで希釈すれば簡単に飲めます。個人的にはコーヒーに混ぜて飲用すると、苦味の強いコーヒーくらいの味で抵抗なく飲めます。

低用量の1,3-ブタンジオールは、ケトン体β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させることが報告されています。以下のような論文報告があります。

Low-dose 1,3-butanediol reverses age-associated vascular dysfunction independent of ketone body β-hydroxybutyrate(低用量の1,3-ブタンジオールは、ケトン体β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させる)Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2022 Mar 1;322(3):H466-H473.

【要旨の抜粋】
世界人口の高齢化に伴い、寿命を延ばし、血管系などの重要な末端器官の劣化を減らすために、新しい治療法を開発することが必要である。 1,3-ブタンジオールは、ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の生合成を刺激するために一般的に投与される。
1,3-ブタンジオールを多く摂取すると、全身のβ-ヒドロキシ酪酸 を有意に増加させることができるが、1,3-ブタンジオール自体は、ナノモル濃度で血管拡張を引き起こす作用がある。 したがって、β-ヒドロキシ酪酸生合成とは無関係に、1,3-ブタンジオールが新しい老化防止治療薬になる可能性があるという仮説を立てた。
この仮説を検証するために、若年および老齢の Wistar-Kyoto (WKY) ラットに 4 週間飲料水を介して低用量 (飲水に5%の1,3-BDを混和して投与) の1,3-ブタンジオールを投与し、治療後の血管機能と代謝の指標を測定した。
低用量の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う内皮依存性および非依存性の機能障害を逆転させるのに十分であり、これはβヒドロキシ酪酸の増加とは関連していないことが観察された
1,3-ブタンジオール の直接的な血管拡張メカニズムのさらなる分析により、それが主にカリウム チャネルと一酸化窒素合成酵素の活性化を介した内皮依存性血管拡張であることが明らかになった。
要約すると、βヒドロキシ酪酸を増やさない濃度の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う血管機能の低下を逆転させることができる栄養補助食品である可能性があることを報告する
これらの結果は、1,3-ブタンジオールには複数の濃度依存的な作用機序があることを強調している。

1,3-ブタンジオールは、肝臓で代謝されて、最も豊富なケトン体である β-ヒドロキシ酪酸に変換されます。一般的に、1,3-ブタンジオールの健康作用はβ-ヒドロキシ酪酸によると言われています。 しかし、この論文では、低用量の 1,3-ブタンジオール で、β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させるのに十分であることを報告しています。 飲料水に5%の1,3-ブタンジオールは1リットルの水に50gの1,3-ブタンジオールを入れることになります。 人間は1日に1リットル程度の飲料を飲みますので、50gの1,3-ブタンジオールはかなり量が多いとも言えます。 R体の1,3-ブタンジオールを1回10g摂取すると血中のβ-ヒドロキシ酪酸は1mM程度まで上昇します。
いずれにしろ、R-1,3-ブタンジオールはβ-ヒドロキシ酪酸を増やす作用と、直接的な血管拡張作用によって、抗老化作用や健康作用を発揮すると言えます
日頃から、1日10gから20g程度のR-1,3-ブタンジオールの摂取は抗老化に効果が期待できます。

中鎖脂肪ケトン食とR-1,3-ブタンジオールの併用による『がんのケトン体療法』

ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスの利用は、脳、筋肉、心臓などの高エネルギー要求組織の代替エネルギー燃料として機能する血清ケトン体を増加させる戦略として有効です。アルツハイマー病や認知症などの神経変性疾患の治療や、持久力などの運動パフォーマンスの向上において、糖質制限を行わなくても、ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスだけで十分な効果が期待できます。

一方、がん治療の目的では、糖質摂取を減らすケトン食でなければ、抗がん作用は期待できません。それはケトン体濃度が上がっても、血糖とインスリン濃度が上昇している状況では、がん細胞の増殖を抑えることはできないからです。つまり、がん治療の場合は、中鎖脂肪酸を用いたケトン食を実施しながら、さらにケトンサプリメントをつかって血中ケトン体濃度を高めることが重要です。がん治療の場合は、血中のグルコースとインスリンの濃度が低い条件で、ケトン体の濃度が抗腫瘍効果に比例するからです。外因性の ケトンサプリメントを経口投与すると、ケトン食のケトン体 の血漿レベルが急速に上昇します。

 

R-1,3-ブタンジオールの処方について

R-1,3-ブタンジオールは米国ではサプリメントとして販売されていますが、日本では医薬品でもサプリメントとしても承認されていません。日本では化粧品や食品添加物として使用されています。
当院では、中国で医薬品グレードの原料として販売されている純度100%のR-1,3-ブタンジオールを、薬監証明を取得して、厚労省の許可を得て輸入し、処方薬として治療目的で使用しています。 主に、がんのケトン食療法の効果増強の目的でがん治療に使用しています。
200gが20,000円です。