◇ がん細胞の増殖を抑える脂肪を多く摂取する

【脂肪摂取の目的はエネルギ−源と必須脂肪酸の補給】

三大栄養素(糖質、脂肪、蛋白質)がヒトにおけるエネルギー源ですが、糖質と蛋白質が生体内でそれぞれ1g当たり4kcalのエネルギーを発生するのに対して、脂肪は1g当たり9kcalであり、糖質や蛋白質の2倍以上のエネルギーを発生します。
さらに糖質と異なり、脂肪はいくら摂取しても血糖を上昇させないため、インスリン分泌を引き起こさないメリットがあります。インスリンが分泌されるとがん細胞の増殖が刺激されますが、脂肪をエネルギー源とした場合は、インスリンによるがん細胞の増殖促進効果を避けることができます。

必須脂肪酸とはリノ−ル酸、α−リノレン酸、アラキドン酸のことをいい、必須アミノ酸と同様に体内で合成することができず、食物から供給されなければならない脂肪酸のことです。アラキドン酸はリノール酸から生成されますが十分な量の生成ができないため,同様に必須脂肪酸とされています。魚油に含まれ、高脂血症や動脈硬化予防に効果が明らかとされているエイコサペンタエン酸(EPA)ドコサヘキサエン酸(DHA)はα-リノレン酸から生成されますが、最近では必須脂肪酸に入れることもあります。これらは細胞膜の構成成分や、体の維持に必要なプロスタグランジンなどの材料として細胞が正常な機能を果たす上で必要不可欠な脂肪酸であり、生体内で合成できないあるいは合成できても十分な量で合成できないために食物から摂取する必要があるのです。

脂肪を多く摂取すると動脈硬化や脂肪肝になると誤解されることが多いのですが、糖質の摂取が少ない条件であれば動脈硬化や脂肪肝の原因とはなりません。
高糖質で高脂肪の食事はがんを促進しますが、低糖質であれば高脂肪食でもがんを促進しません。
また、動物性の飽和脂肪酸の摂取を減らし、オレイン酸の豊富なオリーブオイルやω3不飽和脂肪酸の豊富な亜麻仁油(フラックスシードオイル)や紫蘇油(エゴマ油)や魚油(ドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸を多く含む)を増やせば、心疾患やがんを予防する効果が得られることが明らかになっています。また、中鎖脂肪酸は消化管から吸収後速やかに肝臓で分解されてエネルギーを産生し、脂肪組織に沈着しにくいので、中鎖脂肪酸を増やせば高脂肪食でも健康への心配はありません。

中鎖脂肪ケトン食の基本は、糖質摂取を極力減らし、糖質から得ていたカロリーを脂肪から取ることです。通常の食事では1日300〜400グラムの糖質を摂取していますが、それを40グラム以下(あるいは摂取カロリーの10%以下)に減らすので、不足するエネルギー量に相当する脂肪を増やすことになります。
脂肪を増やす時に中鎖脂肪(=中鎖脂肪酸中性脂肪)を使えばケトン体を容易に増やすことができます。摂取する脂肪をほとんど中鎖脂肪にするという食事も可能ですが、必須脂肪酸(リノ−ル酸・α−リノレン酸・アラキドン酸)やDHAやEPAのような生体機能に必要な脂肪酸の摂取は必要です。
また、中鎖脂肪を多く摂取すると腹痛や下痢が起こりやすくなります。料理のバリエーションを増やすためにも、長鎖脂肪の利用法も工夫する必要があります。その時、脂肪には体に良い脂肪と悪い脂肪があることを理解しておく必要があります。

【摂取した脂肪の種類によって体の機能が変わる】

私たちは食物から摂取した栄養素(糖質・脂肪・蛋白質・ビタミン・ミネラルなど)から、細胞や組織を作る材料や体を動かすエネルギーを産生しています。食事中の糖質は単糖(ブドウ糖や果糖など)に分解されて吸収され、細胞内で分解されてエネルギー源になるか、グリコーゲンに合成されて貯蔵されます。蛋白質は20種類のアミノ酸に一旦分解されて吸収され細胞内で新たに蛋白質に合成されます。したがって、糖質と蛋白質に関しては、食品の種類による生体機能に対する影響に差はありません。一方、脂肪はその種類によって生体機能に対する影響が異なります。

脂肪は代謝されてエネルギー源となり、また分解されて生成した脂肪酸は細胞膜などに取り込まれて細胞を構成します。細胞の構成成分として使われる場合、その脂肪酸自体は変化せず、それぞれの構造や性質を保ったまま使われます。
つまり、細胞膜をつくるとき脂肪酸の違いを区別せず、手当たり次第にあるものを使用するのです。その結果、食事中の脂肪酸の種類によって細胞の性質も変わってきます。さらに、その細胞膜の脂肪酸から作られるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの化学伝達物質の種類も違ってきて、炎症やアレルギー反応や発がんに影響することが明らかになっています。

例えば、リノール酸のようなω6系不飽和脂肪酸を多く摂取すると、血栓ができやすくなり、アレルギー反応を増悪させ、がんの発生頻度を高めます。ω6系不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は増殖が早く転移をしやすくなります。
一方、魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)のようなω3系不飽和脂肪酸を多く摂取すると、炎症やアレルギーを抑え、血栓の形成や動脈硬化やがん細胞の発育を抑える作用があります。
DHAやEPAを多く摂取するとがん細胞が抗がん剤で死にやすくなることも報告されています。その理由は、食事から摂取されたω3系不飽和脂肪酸ががん細胞の膜の脂質組成を変えることによって細胞シグナル系に影響して増殖を抑えるからです。

【脂肪(油脂)はグリセリンと脂肪酸が結合している】

私たちは食物から様々な種類の「あぶら」を摂取しています。一般に、常温で液体のあぶらを油(oil)、個体のあぶらを脂(fat)と表記し、両方を総称して油脂と言います。油という字に「さんずい」がついているのは液体であることを意味し、ほとんどの植物性油や魚油は常温で液体であり、油になります。一方、多くの陸上動物(牛脂、豚脂、人間の脂肪など)と熱帯植物(ヤシ油、パーム油、ココアバターなど)のあぶらは常温で個体の脂です。

油脂は3価のアルコールであるグリセロール(グリセリンとも言う)1分子に3分子の脂肪酸 が結合した構造をしています(下図)。グリセロールには手(-OH)が3本あり、それに脂肪酸が結合して脂肪(油脂)になります。一般的には脂肪酸が3個ずつ結合してトリグリセリド(中性脂肪)と呼ばれます。脂肪の種類による違いは、グリセリンは全て共通するため、脂肪酸の形態で説明されます。


図:脂肪(油脂)は3価のアルコールであるグリセロール1分子に3分子の脂肪酸 が結合した構造をしている。グリセロールには手(-OH)が3本あり、それに脂肪酸が結合して脂肪(油脂)になる。 R1,R2,R3と示す脂肪酸は1 個ないし複数個の炭化水素(CH2)の連結した鎖 (炭化水素鎖)からなる。脂肪酸の鎖(R)の構造の違い(飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸など)によって油脂の性状が違ってくる。

脂肪酸は1 個ないし複数個の炭化水素(CH2の連結した鎖(炭化水素鎖)からなり、その鎖の両末端はメチル基(CH3)とカルボキシル基(COOH)で、基本的な化学構造はCH3CH2CH2・・・CH2COOHと表わされます。
脂肪酸には、飽和脂肪酸不飽和脂肪酸があり、飽和脂肪酸では、炭化水素鎖の全ての炭素が水素で飽和しています。一方、不飽和脂肪酸では炭化水素鎖中に1個ないし数個の二重結合(CH=CH)が含まれます。不飽和脂肪酸中で二重結合の数が2個以上のものを多価不飽和脂肪酸と云い、5 個以上の二重結合を持つ脂肪酸を高度不飽和脂肪酸と呼びます。
脂肪は、それを構成している脂肪酸の構造の違いによって融点などの化学的性状が異なってきます。二重結合をもつ不飽和脂肪酸の多い脂肪は常温で液状になりますが、飽和脂肪酸になると固まりやすくなります。固まりやすい脂肪を多く摂取すると血液がドロドロになって動脈硬化が起こりやすくなります。

【不飽和脂肪酸にはω3 系とω6 系の2種類がある】

リノール酸 CH3(CH2)3 CH2CH=CHCH2CH=CH(CH2)7COOH では、CH3 に最も近い二重結合は、CH3から6番目のCにあります。この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸をω6系不飽和脂肪酸に分類します。

α-リノレン酸CH3CH2CH=CHCH2CH=CHCH2CH=CH(CH2)7COOH では、CH3に最も近い二重結合はCH3から3番目のC にあります。この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸をω3系不飽和脂肪酸に分類します。最近ではω6の代わりにn-6 を用いてn-6系不飽和脂肪酸、そしてω3の代わりにn-3を用いてn-3系不飽和脂肪酸と呼ぶことが多くなっています(図)。

図:ω3系不飽和脂肪酸とω6系不飽和脂肪酸の化学構造。
構造式では連結部の炭素(C)と炭素と結合する水素(H)は省略されている。メチル基(CH3)側から数えた炭素の番号はω1(あるいはn-1)、ω2(あるいはn-2)と表示する。最初の二重結合がω3の位置にある不飽和脂肪酸をω3系不飽和脂肪酸あるいはn-3系不飽和脂肪酸と言い、ω6の位置にある不飽和脂肪酸をω6系不飽和脂肪酸あるいはn-3系不飽和脂肪酸と呼ぶ。

動物(人を含む)は、多くの不飽和脂肪酸中で、リノール酸とα-リノレン酸を合成できません。これら2種類の不飽和脂肪酸は動物にとって不可欠であり、動物はこれらを食物として摂取する必要がありますのでこれらを必須脂肪酸と言います。
ω6 系不飽和脂肪酸はリノール酸 → γ-リノレン酸 → アラキドン酸のように代謝されていき、アラキドン酸からプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンなどの重要な生理活性物質が合成されます。プロスタグランジンなどのアラキドン酸代謝産物は炎症や細胞のがん化を促進したり、がん細胞の増殖を速める作用があるのですが、体のいろんな生理作用に必要ですから、動物は食物(植物および肉類)としてリノール酸を摂取しなければ生存できません。アラキドン酸はリノール酸から体内で合成されますが、体内で十分な量が生成されないためアラキドン酸も必須脂肪酸になっています。
 
ω3系不飽和脂肪酸はα-リノレン酸 → エイコサペンタエン酸(EPA) → ドコサヘキサエン酸(DHA)と代謝されていきます。ω3 系不飽和脂肪酸は炎症やアレルギーを抑え、血栓の形成や動脈硬化やがん細胞の発育を抑える作用があります。したがって、食物中のα-リノレン酸/リノール酸の比を上げると、血栓性疾患、脳梗塞および心筋梗塞、炎症、アレルギー、発がん、がんの転移、高血圧などの発症率が低下するという報告があります。

【ω3系不飽和脂肪酸/ω6系不飽和脂肪酸の比を上げるとがん細胞はおとなしくなる】

細胞膜は蛋白質や脂肪酸や糖質から作られます。細胞膜の脂肪酸は食物から摂取された脂肪酸がそのまま取り込まれるため、食事中の脂肪酸の違いによって細胞の性質を変えることができます。その理由は、細胞膜の脂肪酸から作られるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの化学伝達物質の種類が違ってくるからです。

リノール酸やγ-リノレン酸やアラキドン酸のようなω6系不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は増殖が早く転移しやすくなります。一方、魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)やα-リノレン酸のようなω3不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は増殖が抑えられ、抗がん剤で死にやすくなります。ω6系不飽和脂肪酸は、がん細胞の増殖や血管新生を促進するプロスタグランジンE2の原料になり、ω3系不飽和脂肪酸はプロスタグランジンE2の産生を抑えることが関連しています。

プロスタグランジンE2(PGE2)は細胞の増殖や運動を活発にしたり、細胞死が起こりにくくする生理作用があるため、がん細胞の増殖や転移を促進します。PGE2はω6 系不飽和脂肪酸はリノール酸から合成され、DHAなどのω3 系不飽和脂肪酸はPGE2が体内で増えるのを抑える働きがあります。このように、脂肪酸の代謝産物は細胞内のシグナル伝達系に作用してがん遺伝子やがん抑制遺伝子の働きに影響を及ぼします。

DHAががんの予防や治療の効果を高めることは多くの臨床的研究や実験的研究で明らかになっています。毎日魚を食べている人は、そうでない人に比べ大腸がんや乳がんや前立腺がんなど欧米型のがんになりにくいという研究結果もあります。特に前立腺がんを予防する効果は大規模な疫学研究で証明されています。

ニュージーランドのオークランド大学のNorrish博士らは、317症例の前立腺がんの患者と480人の対照とを比較し、EPAやDHAの豊富な魚油を多く摂取すると前立腺がんのリスクを半分程度まで減らせることを報告しています。米国における47,882名の男性の食事の解析では、1週間に3回以上魚を食べるグループは、月に2回以下のグループと比較して、前立腺がんの発生頻度は7%の低下、進行した前立腺がんは17%の低下、転移のリスクは44%の低下を認めています。

スウェーデン人の6272名の男性を30年以上にわたって追跡調査した研究では、魚をほとんど食べないグループの前立腺がんの発生頻度は、魚を良く食べるグループの2〜3倍でした。魚を多く食べるエスキモーのイヌイット人27人の死者の解剖では、潜在的な前立腺がんは認められませんでした。前立腺の潜在がんは、アジアを含めて多くの国の男性では25〜35%に発見されるという事実を考えると、前立腺の潜在がんが27例中1例も認められなかったことは特異なことであり、魚油の効果が示唆されています。多くの基礎研究で、ω3系不飽和脂肪酸は前立腺がん細胞の増殖を抑制することが報告されており、マウスに移植した前立腺がんの実験モデルでも、魚油による前立腺がんの増殖抑制作用が示されています。

DHAががん細胞の増殖速度を遅くしたり転移を抑制し、腫瘍血管新生を阻害し、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことなどが多くのがん細胞で示されています。例えば、米国健康財団のローズ博士らは、ヒト乳がん細胞をヌードマウスに移植した動物実験で、DHAは腫瘍血管の新生を阻害して増殖を抑制し、がん細胞の肺への転移を防ぐことを報告しています。プロスタグランジンE2は血管新生を促進するので、プロスタグランジンE2産生を阻害するDHAには腫瘍血管の新生を阻害するようです。その他にも、抗がん剤の効果を増強し副作用を軽減する効果も報告されています。

その他にも、抗がん剤の効果を増強し副作用を軽減する効果や、がん性悪液質を改善する効果なども報告されています。がん性悪液質とは、がん細胞や炎症細胞から産生される炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-6など)によって体重減少や食欲不振などの症状が出る状態です。DHAやEPAには、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの産生を抑える抗炎症作用があります。

免疫状態を改善し、感染症の予防効果も指摘されています。手術前や手術後にEPAやDHAを1日2〜3グラム補充した食事は、手術後の炎症を軽減し、体重減少や栄養状態の悪化を防ぐ効果があるという臨床試験の結果が多数報告されています。手術侵襲によって挫滅した組織で炎症反応がおこり、炎症性サイトカインの産生などが原因となって筋肉や体重の減少が起こりますが、EPAやDHAは炎症性サイトカインの産生を抑えるなどの作用によって筋肉の異化を抑制し、体重減少を予防し術後の経過を良くします。

このようにDHAやEPAやαリノレン酸のようなω3系脂肪酸はがんの発育を抑制し、アラキドン酸のようなω6系脂肪酸はがんの発育を促進するので、摂取するω3系脂肪酸とω6系脂肪酸の比が腫瘍の発育に影響することになります。ω6系不飽和脂肪酸は肉や多くの植物油に多く含まれ、ω3系不飽和脂肪酸は魚や亜麻仁油や紫蘇油(エゴマ油)に多く含まれます。したがって、肉を控え、魚を多く食べることはがん細胞の増殖や転移を遅くする効果が期待できます(図)。

図:肉はアラキドン酸などω6不飽和脂肪酸が多く、プロスタグランジンE2の産生を増やして、がん細胞の増殖・転移や血管新生を促進し、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を抑制して再発促進に働く。魚に含まれるDHAやEPAなどのω3不飽和脂肪酸は逆の作用でがんの再発を抑制する。植物性油(コーン油、大豆油、ベニバナ油など)に含まれるリノール酸はω6不飽和脂肪酸で、亜麻仁油(フラックシードオイル)と紫蘇油(エゴマ油)に含まれるαリノレン酸はω3不飽和脂肪酸になる。

【DHAは青背の魚に多く含まれている】

肉類の脂肪にはアラキドン酸が多く含まれていますので、肉を多く食べる人はがんになる危険が高いといわざるを得ません。リノール酸そのものは体に必須な物質ですが、大豆や米など植物性食品のほとんどに含まれているので、どうしても過剰摂取になりがちです。したがって、肉の替わりに魚を食べる回数を増やせば、がん細胞の増殖や血管新生を促進するプロスタグランジンE2ができにくくなって、がん細胞の増殖を抑えることができるのです。
DHAやEPAは、いわし、あじ、さば、さけ、にしん、などの「青背の魚」の脂肪に多く含まれます。不飽和脂肪酸は酸化されやすいので、新鮮な魚を生か煮て食べるのが理想です。フライや焼き魚にすると、 EPA や DHA を損失するだけでなく、高度不飽和脂肪酸が酸素と反応すると過酸化脂質となって発がんを促進することになります。また、焼き魚の焼け焦げは発がん物質になり、フライは揚げ油のリノール酸を魚が吸収するという問題もあります。
魚が苦手な人は健康食品を利用するのも一つの方法です。DHAを補給するための健康食品が市販されています。魚の重金属汚染の問題や、高度不飽和脂肪酸は長期保存や加熱処理により酸化されやすという問題もあり、DHAやEPAをサプリメントで補給することの意義はあるようです。 
 ただし、DHAやEPAは過剰に摂取すると、血液が固まる力を弱めるので出血しやすくなる場合があります。血小板が減少しやすい抗がん剤治療中や、出血の危険がある手術の前後などでは過剰な摂取は注意が必要です。

【オレイン酸を多く含むオリーブオイル】

オリーブは地中海地域原産のモクセイ科の植物で、オリーブオイルはオリーブの果実から得られる植物油です。オリーブオイルは一価不飽和脂肪酸のオレイン酸を多く含みます。オレイン酸はω9不飽和脂肪酸という種類に分類され、他の食用の油脂に比べて酸化されにくく固まりにくい性質を持ちます。オレイン酸はオリーブやアボカド、ナッツ類など種実に多く含まれる脂肪酸です。

オリーブの果実を絞って得られる果汁から遠心分離などによって得られた油をバージン・オリーブオイルと呼び、その中でも香りが良好で品質も高いものを特にエクストラ・バージン・オリーブオイルと呼んでいます。
バージンオリーブオイルは、一価不飽和脂肪酸を豊富に含むとともに、ポリフェノール類など天然の抗酸化物質やビタミン・ミネラルを豊富に含みます。特に、エクストラバージンオリ-ブオイルは、オレイン酸を約80%含んでおり、天然の抗酸化物質を豊富に含み、栄養価の高い最高級オイルです。オリーブオイルに含まれるポリフェノール類として、オレウロペイン、チロソール、ヒドロキシチロソールなどが知られており、オリーブオイルの高い抗酸化作用はこれらに由来していると考えられています。
これまでの疫学研究では、オリーブオイルの摂取が多いと心臓病などの動脈硬化性疾患が少ないことが示されていますが、その理由として、一価不飽和脂肪酸としてのオリーブオイルの抗動脈硬化作用の他に、オリーブオイルに含まれるポリフェノールによる抗酸化作用や抗炎症作用が指摘されています。オリーブオイルの摂取が乳がんおよび大腸がんの発症リスクを減らす可能性が示唆されています。

【α-リノレン酸が豊富な亜麻仁油、紫蘇油、くるみ】 

亜麻仁油は亜麻の種子から採れる油で、紫蘇油(エゴマ油)はシソ科のエゴマの種子から採れる油です。亜麻仁油は英語ではフラックスシードオイル(flaxseed oil)といいます。亜麻仁油も紫蘇油もともにω3系不飽和脂肪酸のα-リノレン酸が豊富です。α-リノレン酸は必須脂肪酸で、体内でEPAやDHAに変換するので、EPAやDHAと同様の抗がん作用が期待できます。野菜にはリノール酸などのω6系脂肪酸が多いので、ω3系不飽和脂肪酸のα-リノレン酸の豊富な紫蘇油か亜麻仁油をドレッシングとして使用するのが有効です。

亜麻(flax)は人類が初めて栽培した植物の一つと言われ、古くからその繊維と種子が利用されています。亜麻の茎の繊維分からは布地が作られ、エジプトではミイラを包む布として利用されていました。亜麻の繊維を原料とした繊維の総称を英語でリネン(linen)、フランス語でリンネル(liniere)というのは、亜麻の学名(Linum usitatissimun L)から来ています。
亜麻の種子も食用として古くから利用されています。亜麻仁は胡麻に似た小さな実で、α-リノレン酸やリグナン、食物繊維を豊富に含みます。亜麻仁100グラム中に41gの脂肪を含み、α-リノレン酸23gが含まれます。食物繊維は28g、蛋白質21g、糖質は6gです。さらに、ポリフェノールの一種のリグナンを多く含みます。リグナンは抗酸化作用や抗炎症作用があり、乳がんを含め多くのがんを予防する効果があります。
亜麻仁を絞った亜麻仁油(フラックスシードオイル)には、100g中にα-リノレン酸が50〜60g含まれています。亜麻の種子と油は欧米では栄養や健康面から高く評価され、食生活に欠かせない食物として人気があります。がんの食事療法でも、欧米では非常に多く使用されています。亜麻の種子は亜麻仁として漢方薬の材料の生薬としても比較的安価に流通しています。

紫蘇油はシソ科植物のエゴマ(荏胡麻、学名:Perilla frutescens var. frutescens)の種子を絞った油で、エゴマ油とも呼ばれます。エゴマの種子はゴマと同様に煎ってすりつぶして薬味などに使用されます。ゴマの一種と思われがちですが、青じそと同じシソ科の植物です。エゴマは日本最古の油脂植物と言われ、江戸時代後期に 菜種油が広がるまでは日本で食用油と言えばエゴマ油でした。菜種油が広まってからはエゴマの生産が激減しましたが、α-リノレン酸を60%以上含むため近年その健康作用が見直され、利用が増えています。

ナッツ類ではクルミがω3不飽和脂肪酸のα-リノレン酸が豊富で、さらにビタミンやミネラルやポリフェノール類も豊富です。クルミは人類が最も古くから食べていた木の実と言われています。アメリカ食品医薬品局(FDA)はクルミの健康作用を確認し、1日42グラムのクルミを飽和脂肪酸やコレステロールの少ない料理に加え、カロリー摂取量がオーバ−しない場合、心疾患のリスクが抑えられると報告しています。クルミ42グラム(1.5オンス)にはω3不飽和脂肪酸のαリノレン酸が3.8グラムも含まれています。抗酸化成分を多く含み、「植物性の卵」とも言われ、良質の消化されやすい蛋白質も豊富です。

以上のように、脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があり、不飽和脂肪酸には、一価不飽和脂肪酸のオレイン酸、多価不飽和脂肪酸のω3系不飽和脂肪酸とω6系不飽和脂肪酸があります(表)。このうち飽和脂肪酸とω6系不飽和脂肪酸はがんには良くない脂肪で、オリーブ油、魚油(DHA,EPA)、亜麻仁油(フラックスシードオイル)、紫蘇油(エゴマ油)はがんを抑制する油と言えます。ナッツ類ではクルミが推奨されます。ケトン体を増やすためには中鎖脂肪酸を多く使用するのがポイントですが、抗がん作用のある長鎖脂肪酸を一緒に利用すると料理にバリエーションができ、抗がん作用も強化できます。

脂肪酸の種類

主な脂肪酸名

主な性質

多く含む食用油

飽和脂肪酸

パルミチン酸
ステアリン酸

肉、卵、乳製品など動物性食品に多く含まれる。コレステロールが多く固まりやすい。

マーガリン、ラード、バター、牛脂

一価不飽和
脂肪酸

オメガ9

(n-9)

オレイン酸

オリーブやアボカド、ナッツ類に多く含まれる、酸化されにくい。

オリーブ油、菜種油、米油、落花生油、

多価不飽和

脂肪酸

オメガ6
(n-6)

リノール酸
γ-リノレン酸

アラキドン酸

大豆やゴマやトウモロコシ等食材に多く含まれる。リノール酸は体内で生成できない必須脂肪酸

大豆油、コーン油、ゴマ油、グレープシードオイル

オメガ3
(n-3)

α-リノレン酸

エイコサペンタエン酸

ドコサヘキサエン酸

魚類、亜麻仁、エゴマ、クルミなどに多く含まれる。α-リノレン酸は体内で生成できない必須脂肪酸。酸化されやすい。

魚油、亜麻仁油、紫蘇油(エゴマ油)、クルミ油

 

【メモ:脂肪摂取が多い方が死亡率が低い】

脂肪摂取が多いほど、がんを含めた全死亡率が低いという疫学研究の結果が報告されています。岐阜大学大学院医学研究科の疫学・予防医学教室のグループが、岐阜県高山市の住人28356人を対象に169項目の食物摂取頻度アンケートを行い、16年間追跡調査をしました。16年の追跡期間中に4616人の死亡を確認し、脂肪全体および各脂肪グループから摂取したカロリーの割合にしたがって5グループに分けで比較しています。その結果、男性では、総脂肪量と多価不飽和脂肪酸の摂取が多いとがんを含めた総死亡リスクが低下することが明らかになっています。総脂肪摂取量が最も多い上位20%のグループは最も少ない下位20%と比べて、死亡リスクが17%低くなり、多価不飽和脂肪酸の摂取量の多いグループは同様に死亡リスクが23%低下したということです。ただし、女性では、飽和脂肪酸を多く摂取すると死亡率が高くなっています。(J Nutr. 142(9):1713-1719. 2012年)

つまり、飽和脂肪酸の多い肉などの動物性脂肪を控え、多価不飽和脂肪酸(特にω3不飽和脂肪酸)など健康に良い脂肪を摂取すれば、脂肪摂取が多い方が寿命を伸ばす可能性を示唆しています。脂肪の取り過ぎはがんや動脈硬化の原因になると一般的に考えられていますが、これは動物性の飽和脂肪酸やω6不飽和脂肪酸の多い一部の植物油を多く摂取した場合で、オレイン酸を含むオリーブオイルやω3不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)を含む魚油、αリノレン酸を含む亜麻仁油(フラックスシードオイル)や紫蘇油(エゴマ油)を多く摂取するとがんも動脈硬化性疾患も減らせることが明らかになっています。

【メモ:トランス脂肪酸とは】

飽和脂肪酸では炭化水素鎖の全ての炭素が水素で飽和していますが、不飽和脂肪酸では、炭化水素鎖中に1個ないし数個の二重結合(CH=CH) が含まれます。この二重結合の部分で脂肪酸の構造が変化します。飽和脂肪酸はまっすぐな構造をしていますが、炭素間に二重結合がある不飽和脂肪酸は二重結合の部分で折れ曲がっています。脂肪酸が二重結合の所で曲がる時に、「シス型」と「トランス型」という2種類の構造を取ります。「シス(cis)は「同じ側」「近い方」、トランス(trans)は「反対側」「遠い方」というような意味の接頭辞です。

つまり、「シス型」は、二つの水素原子が二重結合の同じ側面側に存在する脂肪酸です。自然界に存在する脂肪酸のほとんどはシス型二重結合の分子構造を持っています。不規則な形のため、分子間の結合が弱く、より融点が低くなるため、室温では液体となります。

このシス型の天然の不飽和脂肪酸を、高温で加熱したり、水素を添加してマーガリンをつくるような加工を行うと、トランス型二重結合という分子構造を持った脂肪酸に変化します。トランス型二重結合では、二つの水素原子が二重結合の反対側に存在し、比較的安定した結合のため、室温でも固体に近くなります。つまり、トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸なのに固まりやすい性質をもっている油脂なのです。トランス脂肪酸はマーガリンやショートニングに多く含まれます。

マーガリンの原料は植物性の食用油で液体です。この食用油に水素を添加すると脂肪酸の二重結合の部分に水素が結合し、不飽和脂肪酸が飽和脂肪酸に変化して固体になります。しかし、この製造過程で多くのトランス脂肪酸が生成してしまいます。 

ショートニングは植物油を原料とした常温でクリーム状の食用油脂です。マーガリンから水分と添加物を除いたもので、パンや焼き菓子などにバターやラードの代用として利用されています。お菓子に使用するとさっくり焼き上がり、揚げ物に使用すると衣がパリっと仕上がる効果があります。水素化すると、酸化されにくくなるので、市販のスナック菓子、ケーキ、ドーナツ、クッキーなど、安くて日持ちさせたい商品には、たいてい使われているようです。また、揚げ物に使う油も何回も使い回しているとトランス脂肪酸が増えてきます。

マーガリンやショートニングは植物油から作られるのでバターやラードよりも健康的という間違ったイメージがありますが、マーガリンやショートニングを作る過程でトランス脂肪酸が作られ、動物性の飽和脂肪酸よりも健康に良いというのは間違いです。マーガリンやショートニングは、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸をたっぷり含んだ化学的に処理された油であって、トランス脂肪酸を含んでいないバターやラードのほうがまだ健康的だという意見もあります。

トランス脂肪酸は、炎症やアレルギー反応を悪化させる作用があります。また、細胞膜にトランス脂肪酸が入り込むと細胞膜の機能を弱め、その結果、細胞の働きを障害します。悪玉コレステロールと言われる低密度リポ蛋白質(LDL)の量を増加し、善玉コレステロールの高密度リポ蛋白(HDL)の量の低下を招き、動脈硬化を促進することや、トランス脂肪酸が血管内皮の細胞膜に作用し、炎症因子や接着分子の産生を促し、心血管疾患リスクを高めることなどが報告されています。

米国においては2006年1月1日以降、食品の栄養成分表示欄に飽和脂肪酸、コレステロール に加えてトランス酸の含有量も明記することが義務付けらています。欧米では一定以上の「トランス脂肪酸」を含む製品は販売禁止にされ、ファーストフードなどの多くの外食産業で、トランス脂肪酸の少ない油を使うように規制されています。しかし日本ではまだそのような対応は行われていません。

トランス脂肪酸は摂取カロリーの2%以下ならそれほど問題ないという意見もあります。日本人ではトランス脂肪酸の1日摂取量はエネルギー比で0.7%と低く、普通の食生活においてトランス酸の摂取過剰によるリスクを心配する必要は無いという意見もあります。伝統的な日本食を食べている人にとっては問題ないのですが、最近はフライドポテトやハンバーグばかりを食べている人も増えており、そのような食生活が健康に悪いのは確かです。

マーガリン、油であげたスナック菓子、何回も使い古した油で作った揚げ物、その他、マーガリンやショートニングを使用した食品は、取りすぎると健康に悪いことは確かだと思います。