◇ 蛋白質は回復力と治癒力の源
◇ 蛋白質は回復力と治癒力の源
【蛋白質は体を動かす生命の源】
標準体重の人の体の約60%は水分で、蛋白質が約20%、脂肪が約10%、無機質や糖を合わせて10%程度と言われています。
脂肪や糖質は主に体を動かすエネルギー源となりますが、蛋白質は筋肉や内臓や血液などの細胞を作り、生命活動に必要な酵素やホルモンや増殖因子などを作っています。
蛋白質は細胞の中や血管内に存在することで細胞内や体内の浸透圧を保っています。浸透圧が一定に保たれていないと、水分やミネラルが勝手によそに移動してしまい、生命を維持することができません。このように蛋白質は生命の維持と体内の代謝を円滑に行うためになくてはならない栄養素であるため「生命の源」と呼ばれます。
蛋白質はアミノ酸という基本的な物質が多数結合して作られます。アミノ酸は20種類あり、遺伝情報に基づいていろいろな組み合わせで違った蛋白質を作ります。
私たちの体の中では、毎日およそ200分の1の細胞が壊れ、新しい細胞によって置き換わっています。細胞の中でも蛋白質は絶えず壊れ、その寿命は数分から長くても数ヶ月で、新しいものに入れ替わります。組織や臓器を構成する細胞も、細胞内の蛋白質も、動的平衡状態を維持しながら新陳代謝を行っています。
壊れた細胞や蛋白質は細胞内でアミノ酸に分解されて、一部は新しい蛋白質の合成に再利用されます。しかし、皮膚の角化細胞や毛髪や消化管粘膜上皮細胞では死滅したら体外に排泄されます。またアミノ酸は代謝されて様々な生理活性成分の合成に使われたり、肝臓で糖新生に使われます。さらに、TCA回路でエネルギー源となったり、ケトン体の合成にも利用されます。
ケトン体は一部のアミノ酸からも産生されます。蛋白質はアミノ酸に分解されてから代謝されますが、アミノ酸ごとに代謝経路が異なります。
アミノ酸のうち、脱アミノを受けたのち、その炭素骨格部分が脂質代謝経路に由来して、主として脂肪酸やケトン体合成に利用されるものをケト原性アミノ酸(ketogenic amino acid)と呼び、一方、TCAサイクルに入って糖産生に利用されるものを糖原性アミノ酸(glucogenic amino acid)と呼びます。
ケト原性アミノ酸にはロイシン、リジン、スレオニン、イソロイシン、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファンが含まれ、糖原性アミノ酸にはアスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、イソロイシン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、セリン、チロシン、トリプトファン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニンがあります。
アミノ酸は細胞内で蛋白合成の材料としてだけでなく、ブドウ糖や脂肪酸が不足してエネルギー源がなくなると、蛋白質もアミノ酸に分解され、ブドウ糖やケトン体に変換されてエネルギー源となり、最終的に二酸化炭素と水になります。
植物や微生物は必要なアミノ酸をすべて体内でつくることができますが、人間を含めて動物ではいくつかのアミノ酸を自分で合成することができません。このようなアミノ酸を必須アミノ酸と呼び、わたしたちは食べ物から摂取しなければなりません。つまり、細胞を新しく作り、生命活動を行うためには、食事からのアミノ酸の摂取が常に必要となります。食事からの蛋白質が不足すると、細胞を新しく作ることができないため、免疫力が低下し、ダメージを受けた細胞の修復もできなくなります。
【蛋白質はアミノ酸に分解されて吸収される】
蛋白質はアミノ酸が数珠の様につながり、それがらせん状や折り畳まれた形の立体構造をしています。
食物中の蛋白質は、胃液中の胃酸によって立体構造が壊れ、消化酵素が働きやすくなり、胃液中のペプシンによってポリペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながったもの)にまで分解されます。その後、十二指腸と小腸で 膵液中のトリプシン、キモトリプシン、ペプチダーゼ類など強力な蛋白質分解酵素によってアミノ酸にまで分解されます。アミノ酸は小腸上皮粘膜から吸収され、血液によって肝臓へ送られ、肝細胞内で体に必要な自前の蛋白質に合成されます。
蛋白質は肉類、魚介類、卵、乳製品、大豆製品など比較的多くの食品に幅広く含まれています。これらをバランスよく食べておれば、不足することはありません。1日に必要な蛋白質は、通常の場合は体重1kg当たり1.0g程度です。しかし、がん治療中など組織や臓器のダメージが大きく、蛋白質の異化(分解)が起こっているときには、もっと多めの蛋白質が必要で、治療の状況や栄養状態に応じて体重1kg当たり1〜3g程度を目安にします。ただし、蛋白質を代謝する腎臓や肝臓の機能が低下している場合には、蛋白質を制限する必要があります。しかし、タンパク質の摂り過ぎはがん細胞の増殖を促進する効果もありますので、がんの予防や治療の場合には必要以上の摂取は推奨できません。また、蛋白質の摂り過ぎは尿酸値の上昇や、尿の酸性化を招き、尿酸結石を生じやすくする可能性がありますので、注意が必要です。血液検査で尿酸値が高いときは、尿をアルカリ化する薬を利用することも有用です。
肉や魚には100g当たり15〜25g程度の蛋白質が含まれます。牛乳100ccで3.0g、納豆100gで16.6g、木綿豆腐100gで6.8g、卵1個で6.2gの蛋白質が摂取できます。いろんな食品をバランスよく食べるのが基本ですが、赤身の肉や動物性の飽和脂肪酸はがんを促進する作用がありますので、赤身の肉(牛肉など)と動物性脂肪はできるだけ減らします。脂身の多い肉類はできるだけ減らします。鶏肉も皮の部分に脂肪が多く含まれています(表1)。ハムやベーコンなどの加工肉も控えます。加工肉には発がん作用のある成分が含まれています。牛乳や乳製品に含まれるタンパク質はがん細胞の増殖を刺激する可能性が指摘されています(後述)。
したがって、蛋白源としては、魚介類や鶏肉、大豆製品、卵などを中心にします(表2)。
肉類とは逆に、魚類は脂質が多い方ががんのケトン食療法には有効です。魚の油に含まれるω3系不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸)には抗がん作用があるからです。ただし、高温での加熱は不飽和脂肪酸を酸化させるので、焼いたり揚げる調理は避けます。生(刺身)か煮付けが推奨されます。ただし、がん治療中は胃腸の消化機能や感染防御機構が低下していることが多いので、肉や魚介類はできるだけ加熱して柔らかくする調理法を工夫します。
食 品 名 |
|
|
|
エネルギー |
和牛・かた・脂身つき-生 |
17.7 |
22.3 |
0.3 |
286.0 |
和牛・かた・赤肉 - 生 |
20.2 |
12.2 |
0.3 |
201.0 |
和牛・サーロイン・脂身つき-生 |
11.7 |
47.5 |
0.3 |
498.0 |
和牛・サーロイン・赤肉-生 |
17.1 |
25.8 |
0.4 |
317.0 |
和牛・ばら・脂身つき-生 |
11.0 |
50.0 |
0.1 |
517.0 |
輸入牛・かたロース・赤身-生 |
19.7 |
9.5 |
0.1 |
173.0 |
輸入牛・ばら・脂身つき-生 |
14.4 |
32.9 |
0.2 |
371.0 |
うし・ひき肉-生 |
19.0 |
15.1 |
0.5 |
224.0 |
うし・舌-生 |
15.2 |
21.7 |
0.1 |
269.0 |
うし・心臓-生 |
16.5 |
7.6 |
0.1 |
142.0 |
うし・ビーフジャーキー |
54.8 |
7.8 |
6.4 |
315.0 |
うま・肉・赤肉-生 |
20.1 |
2.5 |
0.3 |
110.0 |
くじら・肉・赤肉-生 |
24.1 |
0.4 |
0.2 |
106.0 |
くじら・さらしくじら |
5.3 |
0.9 |
0.0 |
31.0 |
ぶた・中型種・かた・脂身つき-生 |
18.3 |
17.2 |
0.0 |
239.0 |
ぶた・中型種・かた・赤-生 |
21.4 |
3.5 |
0.0 |
123.0 |
ぶた・中型種・かたロース・赤-生 |
20.6 |
6.8 |
0.0 |
151.0 |
ぶた・中型種・かたロース・脂身-生 |
5.4 |
71.9 |
0.0 |
699.0 |
ぶた・中型種・ばら・脂身つき-生 |
13.4 |
40.1 |
0.0 |
434.0 |
ぶた・中型種・もも・赤-生 |
21.9 |
5.3 |
0.2 |
143.0 |
ぶた・ひき肉-生 |
18.6 |
15.1 |
0.0 |
221.0 |
ぶた・肝臓-生 |
20.4 |
3.4 |
2.5 |
128.0 |
ぶた・小腸-ゆで |
14.0 |
11.9 |
0.0 |
171.0 |
ぶた・大腸-ゆで |
11.7 |
13.8 |
0.0 |
179.0 |
ぶた・ハム・ボンレス |
18.7 |
4.0 |
1.8 |
125.0 |
ぶた・ハム・ロース |
16.5 |
13.9 |
1.3 |
196.0 |
ぶた・ベーコン・ロース |
16.8 |
14.6 |
3.2 |
211.0 |
ぶた・ソーセージ・ウインナー |
13.2 |
28.5 |
3.0 |
321.0 |
ぶた・ソーセージ・フランクフルト |
12.7 |
24.7 |
6.2 |
298.0 |
にわとり・成鶏・手羽、皮つき-生 |
23.0 |
10.4 |
0.0 |
195.0 |
にわとり・成鶏・むね、皮なし-生 |
24.4 |
1.9 |
0.0 |
121.0 |
ぶた・中型種・ばら・脂身つき-生 |
13.4 |
40.1 |
0.0 |
434.0 |
にわとり・成鶏・ささ身-生 |
24.6 |
1.1 |
0.0 |
114.0 |
にわとり・成鶏・もも、皮なし-生 |
22.0 |
4.8 |
0.0 |
138.0 |
にわとり・皮・むね-生 |
9.5 |
48.6 |
0.0 |
497.0 |
フォアグラ-ゆで |
8.3 |
49.9 |
1.5 |
510.0 |
表1:肉類の可食部100g中の蛋白質、脂質、糖質の含有量とエネルギー量を示す。
(五訂日本食品標準成分表より作成)
|
|
|
|
エネルギー |
あじ・まあじ-生 |
20.7 |
3.5 |
0.1 |
121.0 |
いさき-生 |
17.2 |
5.7 |
0.1 |
127.0 |
いわし・うるめいわし-生 |
21.3 |
4.8 |
0.3 |
136.0 |
いわし・うるめいわし・丸干し |
45.0 |
5.1 |
0.3 |
239.0 |
いわし・めざし-生 |
18.2 |
18.9 |
0.5 |
257.0 |
いわし・たたみいわし |
75.1 |
5.6 |
0.7 |
372.0 |
うなぎ-かば焼 |
23.0 |
21.0 |
3.1 |
293.0 |
かつお・春獲り-生 |
25.8 |
0.5 |
0.1 |
114.0 |
かつお・秋獲り-生 |
25.0 |
6.2 |
0.2 |
165.0 |
かつお・かつお節 |
77.1 |
2.9 |
0.8 |
356.0 |
さば・まさば-生 |
20.7 |
12.1 |
0.3 |
202.0 |
さば・しめさば |
18.6 |
26.9 |
1.7 |
339.0 |
さんま-生 |
18.5 |
24.6 |
0.1 |
310.0 |
さんま-焼き |
24.9 |
20.6 |
0.1 |
299.0 |
さんま・みりん干し |
23.9 |
25.8 |
20.4 |
409.0 |
ししゃも-生干し-焼き |
24.3 |
7.8 |
0.2 |
177.0 |
ぶり・成魚-生(切り身) |
21.4 |
17.6 |
0.3 |
257.0 |
ほっけ・開き干し |
18.2 |
6.9 |
0.1 |
142.0 |
まぐろ・くろ・赤身-生(切り身) |
26.4 |
1.4 |
0.1 |
125.0 |
まぐろ・くろ・脂身-生(切り身) |
20.1 |
27.5 |
0.1 |
344.0 |
あさり-生 |
6.0 |
0.3 |
0.4 |
30.0 |
あわび-生 |
12.7 |
0.3 |
4.0 |
73.0 |
かき・養殖-生 |
6.6 |
1.4 |
4.7 |
60.0 |
さざえ-生 |
19.4 |
0.4 |
0.8 |
89.0 |
さざえ-焼き |
21.3 |
0.4 |
0.9 |
97.0 |
はまぐり-生 |
6.1 |
0.5 |
1.8 |
38.0 |
ほたてがい-生 |
13.5 |
0.9 |
1.5 |
72.0 |
ほたてがい・貝柱-生 |
17.9 |
0.1 |
4.9 |
97.0 |
ほっきがい-生 |
11.1 |
1.1 |
3.8 |
73.0 |
えび・あまえび-生 |
19.8 |
0.3 |
0.1 |
87.0 |
えび・ブラックタイガー・養殖-生 |
18.4 |
0.3 |
0.3 |
82.0 |
かに・毛がに-ゆで |
18.4 |
0.5 |
0.2 |
83.0 |
かに・ずわいがに-ゆで |
15.0 |
0.6 |
0.1 |
69.0 |
いか・するめいか-生 |
18.1 |
1.2 |
0.2 |
88.0 |
いか・ほたるいか-生 |
11.8 |
3.5 |
0.2 |
84.0 |
いか・やりいか-生 |
17.6 |
1.0 |
0.4 |
85.0 |
いか・するめ |
69.2 |
4.3 |
0.4 |
334.0 |
たこ・いいだこ-生 |
14.6 |
0.8 |
0.1 |
70.0 |
たこ・まだこ-生 |
16.4 |
0.7 |
0.1 |
76.0 |
うに・生うに |
16.0 |
4.8 |
3.3 |
120.0 |
くらげ・塩蔵ー塩抜き |
5.2 |
0.1 |
0.0 |
22.0 |
なまこ-生 |
4.6 |
0.3 |
0.5 |
23.0 |
蒸しかまぼこ |
12.0 |
0.9 |
9.7 |
95.0 |
焼き竹輪 |
12.2 |
2.0 |
13.5 |
121.0 |
だて巻 |
14.6 |
7.5 |
17.6 |
196.0 |
つみれ |
12.0 |
4.3 |
6.5 |
113.0 |
はんぺん |
9.9 |
1.0 |
11.4 |
94.0 |
さつま揚げ |
12.5 |
3.7 |
13.9 |
139.0 |
魚肉ハム |
13.4 |
6.7 |
11.1 |
158.0 |
魚肉ソーセージ |
11.5 |
7.2 |
12.6 |
161.0 |
表2:魚介類の可食部100g中の蛋白質、脂質、糖質の含有量とエネルギー量を示す。
(五訂日本食品標準成分表より作成)
【必須アミノ酸とアミノ酸スコア】
食品から摂取した蛋白質は20種類のアミノ酸に分解され、体の中で再び蛋白質に組み換えられます。人間の身体を作っている20種類のアミノ酸のうち11種類は体内で合成できるアミノ酸(非必須アミノ酸)で9種類は体内で合成できない必須アミノ酸です。必須アミノ酸は、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン、ヒスチジンの9種類です。非必須アミノ酸は、チロシン、シスチン、アスパラギン酸、アスパラギン、セリン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、グリシン、アラニン、アルギニンの11種類です。
食品中の蛋白質を動物性と植物性に分けた場合、一般に動物性蛋白質には必須アミノ酸が揃って含まれていますが、植物性には必須アミノ酸が十分に含まれていないことが多いので、動物性食品を食べないと必須アミノ酸が不足する場合もあるので、注意が必要です。
食品中の蛋白質の品質を評価する指数として「アミノ酸スコア」があります。9種類の必須アミノ酸の含有量のバランスを点数化したものです。必須アミノ酸の理想的なバランスが決められており、このアミノ酸パタンを基準にして、最も少ない比率しか含まれないアミノ酸(最も比率が少ないアミノ酸)を制限アミノ酸と呼びます。制限アミノ酸の比率(制限アミノ酸が含まれる量÷制限アミノ酸のアミノ酸パタン量)を、アミノ酸スコア(アミノ酸価)と呼ばれます。9種類の必須アミノ酸のうち、1種類でも不足していると他のアミノ酸も有効に活用されないためアミノ酸スコアは0となります。つまり、必須アミノ酸のどれかひとつでも足りないと、その少ないアミノ酸量に応じたタンパク質しかできないと言うことです。
豚肉、牛肉、卵、牛乳、かつお、マグロ、大豆などはアミノ酸スコアは100で、全ての必須アミノ酸がバランス良く含まれています。小麦やトウモロコシなどの植物性たんぱく質のアミノ酸スコアは低いことが知られています。
がんの食事療法には様々な意見があり、魚介類や乳製品や卵なども禁止する食事療法も行われています。しかし、魚介類や脂肪の少ない乳製品や卵は良質な蛋白質の供給源であり、適量であれば問題ありません。牛乳は動物性脂肪を含むので、低脂肪か無脂肪の製品の方が良いと思います。ただし、牛乳タンパク質はインスリンやインスリン様成長因子の分泌を高める作用が報告されていますので、摂り過ぎは推奨できません(後述)。
あまりに極端な菜食主義は他の栄養素の不足も引き起こす可能性があります。栄養素の不足は治癒力や免疫力の低下を引き起こしてがんの進行を促進することもあります。低蛋白は悪液質を増悪させることが報告されています。動物性食品を全く摂らないと、いくつかの栄養素の不足を引き起こし、免疫力や回復力や治癒力が低下することもあります。特に抗がん剤治療など体を消耗する治療を受けているときは完全な菜食主義は危険です。
【牛乳や乳製品の摂り過ぎはがん細胞の増殖を刺激する可能性がある】
がんの発生における牛乳や乳製品の影響はがんの種類によって異なります。疫学研究からは、牛乳や乳製品が大腸がんや乳がんの発生を予防するという報告があります。一方、牛乳や乳製品が前立腺がんの発生や進展を促進することが報告されています。
大腸がんの予防効果に関しては、牛乳中のカルシウムが、大腸発がんを促進する2次胆汁酸(胆汁酸が腸内細菌で代謝されたもの)やイオン化した脂肪酸と結合することによって、大腸粘膜上皮細胞の発がんや細胞増殖作用を防ぐためと考えられています。カルシウムが大腸粘膜上皮細胞の増殖活性を抑制することが報告されています。カルシウム以外にも、乳製品中のラクトフェリンや発酵乳製品中の乳酸菌、ビタミンD、酪酸などががん予防効果に関与している可能性も示唆されています。しかし、脂肪が多いと胆汁酸の分泌を増やすので2次胆汁酸も増え、またチーズやクリームのような幾つかの乳製品は大腸がんの発生を促進する可能性が指摘されています。
一方、前立腺がんに対しては多くの疫学研究で、牛乳や乳製品が発生や進展を促進する効果が報告されています。その理由として、牛乳に含まれるタンパク質(カゼインやホエイプロテイン)には、インスリンやインスリン様成長因子の分泌を高める効果があるからです。
牛乳は、良質のタンパク質とビタミンやミネラルなど栄養素が豊富です。子牛を育てるために必要な栄養素だけでなく、成長を促進する成分や生体防御に関与する成分なども含まれています。ミルク(牛乳や人間の母乳など)というのは、生まれて間もない時期に与えられる食事であり、その中に成長を促進する成分や因子が含まれているという点に注意しておく必要があります。
ミルクを飲むと、インスリンやインスリン様成長因子-1(Insulin-like Growth Factor-1: IGF-1)の産生量が増えることが多数の臨床試験で確認されています。成長ホルモンはIGF-1の作用によって体の成長や発育を促進します。牛乳を多く飲むと体格が良くなることは良く知られていますが、その作用機序として、牛乳タンパク質がインスリンやIGF-1の分泌を高めるからです。しかし、インスリンもIGF-1もがん細胞の増殖を促進します。
牛乳に含まれるタンパク質の多くはホエイプロテイン(約20%)とカゼイン(約80%)です。これらのタンパク質はインスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激するようなアミノ酸組成になっていることが報告されています。その理由は、牛乳には、子牛の成長を促進する必要があるからです。肉のタンパク質にも、これらのアミノ酸が含まれていますが、その組成は牛乳タンパク質に比べると、インスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激する作用は弱いことが報告されています。牛乳タンパクのうち、ホエイプロテンはインスリンの分泌刺激が強く、カゼインはインスリン様成長因子の分泌刺激が強いことが報告されています(表3)。
|
ブドウ糖以外がインスリンの分泌を高める機序としては、インクレチンと呼ばれる消化管ホルモンの関与が考えられています。食物が消化管に入ってきたことを感知してホルモンを分泌する細胞が消化管に存在します。インクレチンは、腸に食物が入ってきたり吸収されるのを感知して腸から分泌され、いろんな臓器に指令を出します。膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促したり、脳に作用して食欲を抑えたり、胃に作用して胃から腸への食物の排出を抑制したりすることによって血糖を下げる効果を示します。牛乳タンパク質のアミノ酸組成がインレクチンの分泌を促進し、インスリンの分泌を刺激することが明らかになっています。
タンパク質も摂り過ぎるとがんを促進しますが、その種類も重要です。ロイシン、イソロイシン、バリンの分岐鎖アミノ酸の豊富な牛乳や乳製品はがん細胞の増殖を刺激する作用が強いと言えます。
【がん細胞はアミノ酸トランスポーターの発現量が増えている】
がん細胞では増殖活性が高いので、栄養素の必要量も高いのは当然です。がん細胞では、ブドウ糖(グルコース)やアミノ酸の取込みが亢進していることは良く知られています。グルコースやアミノ酸は、それぞれのトランスポーターを使って細胞膜を通過します。グルコースもアミノ酸も水溶性なので、細胞膜をそのままでは通過できないためです。
がん細胞では、グルコースを取込むグルコース輸送担体(グルコース・トランスポーター)の発現量が増え、大量のグルコースを取りこんでエネルギー産生と物質合成の材料に使っています。さらに、がん細胞では、多くの必須アミノ酸の取込みを担う中性アミノ酸トランスポーターのLAT1(L-type amino acid transporter)の発現が高まっています。LAT1は、ロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、メチオニン、ヒスチジンなど大型側鎖をもつ中性アミノ酸を輸送し、多くのがん細胞でLAT1の発現が亢進しています。
LAT1の発現はがん特異性が高いので、LAT1で選択的に取込まれる化合物にアイソトープを標識すると、がん組織を検出でき、その特異性と感度はPET検査より高いと言われています。また、LAT1の発現量が多いがん細胞は増殖速度が早く、予後が悪いという研究結果も報告されています。
がん細胞に多く取込まれるアミノ酸のうち、ロイシンががん細胞の増殖促進に重要な役割を担っていることが知られています。
ロイシンは必須アミノ酸のひとつで、イソロイシン、バリンとともに、その分子構造から分岐鎖アミノ酸類(Branched Chain Amino Acid :BCAA)に分類され、1日の必要量が必須アミノ酸9種中では最大のアミノ酸です。ロイシンにはインスリン分泌促進作用があり、筋肉の成長・修復・強化を助ける効果があります。そのため、スポーツ選手によく利用されているアミノ酸です。
しかし、インスリンはがん細胞の増殖を促進します。一般に、インスリンは血糖の上昇に応じて分泌され、糖質以外はインスリン分泌を高めないと言われていますが、ロイシンなど幾つかのアミノ酸にはインスリンの分泌を刺激し、さらに、がん細胞の増殖に重要なシグナル伝達系を活性化します。
牛乳の主なタンパク質である乳清タンパク質(ホエイ・プロテイン:whey protein)にはロイシンが14%、カゼインには10%含まれるています。ホエイプロテイン(乳清タンパク質)は運動選手が筋肉をつけるためにサプリメントとしてエビデンスがあります。牛乳タンパク質は体力増強には好都合ですが、がんがある場合は、がん細胞の増殖を促進する可能性が高いので摂り過ぎには注意が必要です。
シグナルの大きさは、量ではなく速度(濃度の差)と言われています。ロイシンを多く摂取しても、吸収がゆっくりであればインスリン分泌を促進する作用は高くありません。量が少なくても、急速に上昇すれば、インスリンを分泌する反応が高まります。牛乳中のホエイプロテンはロイシンの含有量が多く、消化管内で簡単に加水分解されて、摂取後の血中ロイシン濃度は急速に上昇するので、インスリンの分泌を刺激します。
このような理由で、牛乳に比べると、肉や魚のタンパク質はがん細胞の増殖を刺激する作用が弱いと言われています。
【ロイシンのmTORC1活性化作用】
mTOR(mammalian target of rapamycin:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログが見出されてmTORと命名されました。
mTORにはmTOR複合体1((mammalian target of rapamycin complex 1:mTORC1)とmTOR複合体2((mammalian target of rapamycin complex 2:mTOR2)の2種類があります。
mTORC1は成長因子や、糖やアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御をしています。
インスリンやインスリン様成長因子やロイシンが刺激するのはmTORC1の方です。
mTORC1は、糖やアミノ酸などの栄養素の状況、エネルギー状態、成長因子(増殖因子)などによる情報を統合し、エネルギー産生や細胞分裂や生存などを調節しています。
すなわち、細胞内の栄養やエネルギー環境の変動によって活性が制御され、シグナル伝達の下流に存在する様々なキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを介して、タンパク質の合成やエネルギー産生、細胞増殖など様々な細胞内の反応に関与しています。
mTORC1を活性化するシグナル伝達経路の代表は、インスリンやインスリン様成長因子などの成長因子の受容体から惹起されるPI3K-AKTシグナル伝達系です。
すなわち、細胞が増殖因子などで刺激を受けるとPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1です。Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORC1はタンパク質や脂質の合成や細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します。
この経路をPI3K/Akt/mTORC1経路と言い、がん細胞や肉腫細胞の増殖を促進するメカニズムとして極めて重要であることが知られています。すなわち、PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されています。PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害は、抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果も報告されています。mTORC1阻害剤は免疫抑制という欠点を持ちますが、がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORC1が活性化されているため、抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTORC1阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
mTORC1を活性化する別のルートがアミノ酸のロイシンです。ロイシンにはインスリンの分泌を促進する作用が知られており、筋肉を増やす効果があります。そのため、スポーツ選手が筋肉を増やすためのサプリメントとしても利用されています。
さらに最近の研究で、ロイシンが直接mTORC1を活性化する機序が報告されています。つまり、アミノ酸の供給が増えれば、細胞が成長し分裂を刺激するということです。タンパク質の摂り過ぎががんを促進するという理由とも関連しています。
牛乳に含まれるタンパク質にはロイシンが多く、牛乳のタンパク質は肉のタンパク質に比べてmTORC1を活性化する作用が強いという研究報告があります。
牛乳がmTORC1を活性化することは、乳幼児期の成長を早める目的では有用ですが、青年期以降も飲み続けると、牛乳によるmTORC1の活性化は発がん促進につながると言えます。牛乳の飲み過ぎが前立腺がんや思春期のニキビを増加させるのはmTORC1の活性化が関与しているという論文があります。
培養細胞を使った実験では、牛乳のタンパク質を試験管内でアミノ酸まで消化して添加すると増殖速度が30%増加したという研究もあります。牛乳タンパク質のアミノ酸組成は細胞の増殖を促進する作用があるということです。このような増殖促進作用は肉では弱いと言われています。
細胞は、栄養が十分にある状態を感知すると、タンパク質の合成や細胞分裂を起こそうとします。mTORC1は細胞内の栄養素の供給状況やエネルギー量を総合的に判断するセンサーです。したがって、必須アミノ酸で最も必要量の多い分岐鎖アミノ酸のロイシンにmTORC1を直接活性化する作用があることは合理的と言えます。
【ブドウ糖負荷(グリセミック負荷)+乳製品はがんを促進する】
ブドウ糖負荷が高い食事はインスリン分泌を高め、その結果、PI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達経路を活性化します。しかし、アミノ酸が不足しているとインスリンはmTORC1を十分に活性化できません。つまり、インスリンとアミノ酸(ロイシン)の両方のシグナル(ブドウ糖とアミノ酸が十分にあるというシグナル)が無いとmTORC1は十分に活性化できないのです。
したがって、がんの予防や治療の観点からは、ブドウ糖負荷+牛乳タンパク質の組合せは、がんを促進する可能性が高いといえます。
このような食事としては、 コーンフレークとミルク、パンとミルク、ピザ、チーズバーガーなどが代表です。精製度の高い穀物と乳製品の組合せは農耕が始まるまで無かった食事パターンです。新石器時代に農耕が始まってからがんが増えたという考え方もmTORC1の活性化という観点からは多少は根拠があるかもしれません。
牛乳というのは、単にエネルギーと栄養素を補給するだけでなく、体や細胞に働きかけて増殖を促進する何らかの特徴があるはずです。
牛乳の中には様々なホルモンや成長因子が含まれているのもその一つです。そして、牛乳に特徴的なタンパク質(カゼインや乳清タンパク質)はmTORC1系を活性化するようなアミノ酸組成を持っているようです。上述のように肉や植物性タンパク質に比べて、牛乳タンパク質が最もインスリンやIGF-1の血中濃度を高めることが明らかになっています。インスリンとIGF-1はPI3K/Aktを介してmTORC1を活性化します。アミノ酸のロイシンはmTORC1を直接活性化します。
全ての哺乳類のミルクには、タンパク質1g当たり0.1gのロイシンが含まれています。しかし、ミルク中のタンパク質含量には差があり、ミルク中のタンパク質含量(したがって、ロイシンの量)の多い動物は新生時期の成長が早いと言われています。
ロイシンの含量は、ラットのミルクが11g/L、猫のミルクは8.9g/L、牛乳が3.3g/L、ヒトのミルクには0.9g/Lです。一方、新生時期に生まれた時の体重が2倍になるまでの期間は、ラットが4日、猫は10日、牛は40日、ヒトは180日です。
子牛が生まれてから最初の1年間の体重の増加は1日当たり0.7〜0.8kg、人間の場合は1日に0.02kgで牛の40分の1程度だそうです。(Nutr Metab (Lond). 2012; 9: 74.)
ヒトのミルク(母乳)は牛乳に比べると、ロイシンによるmTORC1の活性化率は低いと言われています。
実際、人間の場合、母乳よりも牛乳をベースにしたミルクの方が、哺乳後の血中のロイシン、インスリン、IGF-1の濃度が高いと言われています。
人間の場合、脳の発育に時間がかかるので、体の成長を抑えるようにミルクのmTORC1活性化作用が弱まっているのかもしれません。
肉のタンパク質にはこのような増殖を刺激するような作用は弱いのですが、赤身の肉は別の機序(酸化ストレスを高める)でがんを促進するので、推奨できません。タンパク質源としてがんの予防と治療の観点から適しているのは、大豆、ナッツ類(クルミなど)、魚介類、卵、鳥肉(脂の少ない部分)ということになります。野菜にもある程度(100g当たり1〜数グラム)のタンパク質が含まれています。
総合的および理論的には、牛乳や乳製品はがんには良くないと考えておく方が妥当と思います。少量であれば問題はありませんが、がんが存在する状況や再発リスクの高い状況では牛乳や乳製品(チーズなど)は減らす方が良いと思います。
哺乳類のミルクというのは、もともと乳幼児の成長を早めるために合目的的にインスリンの産生やmTORC1を活性化する作用があると言えます。インスリン分泌の刺激とmTORC1経路の活性化は、がんの予防や治療の観点からはマイナスと言えます。
牛乳のインスリンやインスリン様成長因子の分泌刺激作用は、がんを促進するという作用を重視する必要があると思います。乳幼児の発育促進に効果が高い食品を成人期に多く摂取するのは、やはり不自然と言えます。
がん治療におけるケトン食の場合、タンパク源としては、赤身の肉と牛乳および乳製品を減らすことが重要です。乳製品を減らすため、カルシウムの不足にならないように他の食品やサプリメントでカルシウムの補給にも注意が必要です。(大豆や野菜を十分に摂取すればカルシウム不足にはなりません)
ロイシンやイソロイシンはケト原性アミノ酸で、体内で最終的に脂肪酸やケトン体に転換されうるアミノ酸です。したがって、糖質を制限しておけば、ロイシンは肝臓でケトン体産生の使われます。しかし、LAT1の発現が亢進しているがん細胞にも積極的に取込まれるため、がん細胞内でのmTORC1の活性を抑制する手段が必要です。このためには、AMPKを活性化するメトホルミン、牛蒡子のアルクチゲニン、黄連や黄柏に含まれるベルベリンが有効です。さらにmTORC1を阻害する作用がある天然成分(ジインドリルメタン、レスベラトロール、エピガロカテキンガレート、クルクミン、カフェイン)や、これらを利用した漢方薬などの併用が有効と考えられます。
栄養をたくさん摂ると、その栄養ががん細胞にいって、かえってがん細胞の増殖を促進するということが言われています。それは、はっきりした根拠も証拠も無いのですが、ブドウ糖やタンパク質を多く摂取して栄養状態が良くなると、インスリン様成長因子やロイシンの作用でmTORC1が活性化されるという観点からは、この考えもあり得ることのように思います。
体力や免疫力や治癒力を高めるためには、栄養摂取が重要ですが、このような栄養の時には、血糖やインスリンやインスリン様成長因子を高めないこと、ロイシンを過剰に摂取しないこと、mTORC1の活性を抑えるためにポリフェノールやレスベラトロールやジインドリルメタンなどのサプリメントや、これらを多く含む野菜や豆類を多く摂取し、AMPKを積極的に活性化するために経口糖尿病薬のメトホルミンやアルクチゲニン(牛蒡子に含まれる)やベルベリン(黄連や黄柏に含まれる)を摂取することは有効かもしれません。(下図)
アラスカ原住民のイヌイットの人々には前立腺がんがほとんど見られないと言われており、その理由として、イヌイットの人たちは魚油のDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が多いからとか、穀物(糖質)をほとんど食べないからと言われていますが、乳製品を全く摂取しないからだという意見もあります。実際は、これらの全ての相乗効果と考える方が合理的です。
図:mTORC1(mammalian target of rapamycin complex-1:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)は成長因子(インスリン、インスリン様成長因子など)やブドウ糖やアミノ酸(特にロイシン)によって活性化される。活性化されたmTORC1はシグナル伝達の下流に存在する様々なキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを介して、タンパク質合成や細胞分裂を促進し、その結果がん細胞の増殖を促進する。したがって、グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)の高い高糖質食や牛乳・乳製品(特に牛乳タンパク質)や肉類は、最終的にはmTORC1を介するシグナル伝達系を刺激してがんの発生や進展を促進する。がん細胞はグルコーストランスポーターやアミノ酸トランスポーターや様々な成長因子の受容体の発現量が増えていて、このような食品による増殖促進作用を受けやすい。これらの食品を減らし、さらにmTORC1の活性を抑制する方法を併用するとがん細胞の増殖を抑えることができる。AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化するとmTORC1の活性化を抑えることができる。AMPKの活性化やmTORC1の抑制に役立つ成分として、糖尿病治療薬のメトホルミンの他、ベルベリン、アルクチゲニン、ジインドリルメタン、レスベラトロール、クルクミン、カフェイン、エピガロカテキンガレート(EGCG)などの天然成分が知られている。糖質制限やカロリー制限やケトン食もmTORC1の活性抑制に有効である。 |
【がん治療中は蛋白質の需要が増える】
がんの予防や治療のための食事療法として、動物性食品を厳しく制限する玄米菜食やゲルソン療法を推奨する意見が多くあります。がんの再発予防の段階であれば、植物性食品を主体にして動物性食品を減らすことは有用だと思います。しかし、抗がん剤や放射線治療などの浸襲的治療を行っているときは、ダメージを受けた正常細胞の回復を促進するためにも蛋白質は通常の1.5倍くらいは必要と言われています。また、脂肪酸が燃焼するときに必要なL-カルニチンは穀類や野菜にはほとんど含まれず、肉や乳製品にしか含まれていません。L-カルニチンは体内で合成されますが、カルニチンの合成には2つの必須アミノ酸(リジン、メチオニン)、3つのビタミン(ビタミンC、ナイアシン、ビタミンB6)、還元型鉄イオンが必要で、これらの栄養素の一つでも不足すればカルニチンは不足することになります。植物性蛋白質にはリジンやメチオニンが少ない特徴があります。
末期がんや抗がん剤治療中の倦怠感や抑うつの原因としてL-カルニチンの不足が指摘されています。抗がん剤治療中でも厳密な玄米菜食やゲルソン療法を行っている患者さんを多くみますが、体力や栄養状態の悪化によって治療を中断したり、副作用が強くでている方が多くいます。
多くの研究から、動物性食品でも、赤身の肉以外の肉(鶏肉など)や卵ががんを促進するという証拠はありません。がん治療中は、大豆製食品やナッツや魚介類に加えて、鳥肉や卵も適量を摂取して良質の蛋白質を多めに摂取する方が、回復力や免疫力を高める効果があります。また、糖質は主にがん細胞のエネルギー源になるので、糖質を減らして、減ったカロリーを中鎖脂肪酸トリグリセリド(中鎖脂肪)やオリーブオイルや亜麻仁油(フラックスシードオイル)や紫蘇油(エゴマ油)や魚油で補う方が、がんの悪化を防ぎ、悪液質の改善にも有効というエビデンスがあります。
【尿酸値や尿の酸性化に注意】
腎臓機能に問題が無ければ、体重1kgあたり1〜2g程度の蛋白質を目標にします。糖質を制限する条件では、脂肪も蛋白質を多く摂取してもがんを促進することはありません。(ただし、蛋白質の過剰摂取はがん細胞の増殖を刺激する作用があります)
蛋白質を多く摂取して問題になるのは尿酸値が上がることがあることです。尿酸は核酸の成分のプリン体の代謝産物で血中濃度が増えると痛風という病気を引き起こします。プリン体は肉やレバーや魚などに多く含まれます。尿酸自体は非常に強力な抗酸化物質で、ある程度高めでも問題はありませんが、痛風の原因になるほど高くなる場合は、プリン体の多い食品を減らす必要があります。したがって、ケトン食療法中の血液検査の測定項目に尿酸値を入れておきます。
動物性蛋白質(肉類、魚、鶏卵、牛乳など)を大量に摂取すると、腸内でアンモニア、硫化水素、インドール、メタンガス、ヒスタミン、ニトロソアミンなどの有毒物質や活性酸素が生成されます。これらの有毒物質や活性酸素は、肝臓や腎臓に負担をかけて体の解毒力を低下させ、がんを促進する作用もあります。
蛋白質を大量に摂取すると、アミノ酸の分解で生じる窒素を肝臓の尿素回路で処理したり腎臓から排泄する為に、肝臓や腎臓に負担がかかります。蛋白質の摂取が多いと血液が酸性に傾き、中和する為にカルシウムが骨(や歯)から動員され、カルシウムが尿から排泄されて骨粗鬆症などを来たすと言われています。また、尿が酸性化して尿路結石のリスクも高まります。
血液や尿の酸性化を防ぐためには、野菜を多く摂取し、カルシウムの不足にも注意します